お店について

 

 

 


新商品情報

 

おでかけ動画マガジン ルトロンに掲載されました。

 

 

どら焼きを焼いている動画を撮っていただきました。

 

 

 

 

 

生まれも育ちも葛飾柴又


当店は、映画「男はつらいよ」の寅さん誕生のはるか昔、東京が江戸と呼ばれていた文久二(1862)年に「以志ゐ呉服店」として創業いたしました。当時常連さんへのおもてなしとしてお出ししていた茶菓子や漬物が評判となり、戦後は「い志い」の名で帝釈天に集う善男善女のための茶店としての営業をはじめ、現在に至ります。

 

帝釈天参道で最古の木造店舗は、代々守り受け継いできた築200年ほどの建物です。重厚な佇まい、前土間、揚戸の出入り口など、出桁造りと呼ばれる江戸の商家建築を今に伝えております。

 

ごあいさつ

私どもは創業当初から受け継いできたおもてなしの心と、柴又らしい人情味あふれる笑顔のやりとりを大切にして行きたいと思っております。

 

石井 久喜

略歴

私立立教大学文学部在学中、東京製菓学校和菓子科にダブルスクールにて入学

両校卒業後 京菓子司仙太郎 京都本社に入社 

京都遊学中 表千家流のお茶や陶芸教室、博物館主催のフィールドワークなどに参加し京都の文化に馴染む一方、趣味のバイクツーリングで様々なガイドブックを頼りに関西圏の有名菓子店を端から隈なく回り、自分なりの糧とする。

立教大学では文化人類学を専攻 伝統文化や宗教に根差した菓子本来の意味や形を研究した経験をもとに、現在では新しい菓子の着想にも役立てている。 

京菓子の世界観を東京下町風にアレンジしながら基本を守った昔ながらの和菓子を作る一方で、フランスの二つ星レストランAlain chapelなどで研鑽を積んだパティシェールの協力を得て、和菓子をベースにしつつも枠にとらわれない独自の菓子を創作している。

 

 

 

年をとったら「洋食よりも和食、ケーキよりも大福!」などと言いますが、やはり本質的に私たち日本人には生クリームやバターなど動物性素材が主体の洋菓子よりも、小豆や米や芋・栗・南京といった植物由来の和菓子のほうが身体になじみやすいように思います。本格的なフランス菓子も時には良いけれど、私たちは日本人。 日本人のアイデンティティにベースとして脈々と流れている和菓子文化に、洋菓子の要素をうまく取り込むことができたなら、それが一番肩ひじ張らず、身体が喜ぶ現代的な日常の菓子になるのではないか?

昔ながらのTHE和菓子を様式通りに、また自分なりに深化させながら作る一方で、ロールケーキやエクレアを和風アレンジにて作る。それも京菓子司で修業を積み江戸時代から続く商家出身である私が、この古いしきたりや仏教文化の色濃く残る経栄山題経寺の門前町である柴又で作る。面白いと思う心で突き進んでおりますが、味でも思考でもどちらでもよいので少しでもご賛同 興味を持っていただけたなら幸いです。

勝手な独り言ですが、そんなことを考えて日々菓子作りに励んでおります。